『わたしを離さないで』の主人公キャシーとその寄宿学校の生徒たちならいざ知らず、高齢になっても手放せず箱にしまいっぱなしというモノがある。
キャシーたちが閉ざされた空間の中、モノを箱に大事にしまいこんでおくというのはよくわかるが、むかし旅した土地の絵葉書が衣更えの折などに、中身の分からぬ箱から突然出てきて、しばらくはその旅の行程すら思い起こせないというのが多くの人々の経験ではなかろうか。
この鮮やかな赤いカードは、ロンドン、ソーホーにある大書店フォイルズの無料の絵葉書。
イギリスの書店の内部は、さまざまな色の本が平済みにされカラフルなキルトのよう。
ポスター、ポストカード、講演会案内、バーゲンの案内とすべてけばけばしいものの、それも寒い国ならではのこと、全体としてはバランスがよく取れている。
当記事は書籍『引用と借景』に関連した旅と風景、印象を著者の許可を得て公開しています。
記事内容は紙の書籍内には含まれていません。
『引用と借景 文学・美術・映像・音楽と旅の想到』(栂正行著)
アートを追って人はどこに到着するのか。
鉄道を乗り継ぎながら思索の糸で縦横無尽にアートを連結。
各地のパブリック・アート、美術館・博物館・文学館などを訪ねつつ、
文学・美術・映像・音楽を参照、
モノ・ことば・こころの関係を問いながら、
作品に見られる「引用」と「借景」の営みをたどるアートの意味論。